CONVERSATION #5(Phan Mai Anh & Nguyen Thien Minh)

20.08.26

ハノイには、オペラやオーケストラなどクラシック音楽の活発で華やかな文化が根付いています。東京芸術大学とベトナム国家音楽院はこれまで、室内楽を通じた交流プログラムを続けています。その参加者であり、ベトナム国家音楽院で講師をしながら若手のバイオリニストとして活動するファン・マイアンさんとグェン・ティエン・ミンさんの二人に、若手の音楽家として、また教員としてハノイで音楽活動を続ける困難や楽しさについて、そしてアジアのクラシック音楽の未来への展望について伺いました。

インタビュー :

Phan Mai Anh(バイオリニスト・ベトナム国家音楽院講師)

Ngueyn Thien Minh (バイオリニスト・ベトナム国家音楽院講師)

聞き手:居原田遥(東京芸術大学グローバルサポートセンター特任助手)

2018年に、東京芸術大学とベトナム国家音楽院のメンバーがハノイで開催したクリスマスコンサートの様子。1週間におよぶ室内楽のためのコーチングワークショップの成果を披露するため、参加者全員でコンサートを開催した。

まずはお二人の音楽キャリアについて聞かせてください。

Minh : 僕は現在ベトナム国家音楽院(VNAM)で講師をしながら、フリーランスの演奏家としても活動しています。演奏家としての活動と教育のバランスを大切にしながら、機会を得ることが出来れば、クラシックだけでなく音楽のジャンルにとらわれずに、さまざまな活動を行なっています。音楽を始めたのは6歳で、エレクトリックオルガンを習い始めました。まだ当時のベトナムには子供向けの専門的な音楽プログラムがなく、一般的な音楽教室に通い、その際にエレクトリックオルガンを選んだのです。その翌年、オルガンのコンペティションである賞を受賞し、音楽院に入学するためのオーディションを受けて、その時からバイオリンを始めました。その時の僕にとって、バイオリンはなにか新しさを感じるものでした。7歳からバイオリンをはじめ、そしてノルウェーに留学し、学士と修士を取得しました。その後、ベトナムに戻りました。そして、1年間は別の仕事をして、今はこの音楽院で働いています。ここに戻ってきたのは、ベトナムが自分の場所だと感じたからです。ここで教育に携わりたいし、ベトナムのクラシック音楽界に貢献したいという想いがありました。ベトナムには、まだまだ未開拓なチャンスがたくさんあります。そして、若い世代の力やアイデアが必要とされていると思うのです。

Ngueyn Thien Minhさん

なぜノルウェーを選んだのでしょうか

Minh : よく聞かれます。ここから離れた遠い北の国ですからね。ゲーブ・ジョンソンというバイオリニストが「Transposition」というベトナムの音楽家の生活を豊かにすることを目的に掲げたプロジェクトをハノイでやっていて、それがきっかけです。プレ・カレッジの最後の年に、彼のプログラムに参加してノルウェーのサマースクールに参加する機会を得ました。そこでStephanというその後の僕の先生に出会い、留学を決めたのです。彼は素晴らしい人です。私たち音楽家にとっては、どこで学ぶかよりも、誰のもとで学ぶかということが重要だと思います。良い先生と出会うことが、一番の成長につながる。ノルウェーを選んだ理由は先生です。

そうなんですね。Mai Anhさんのキャリアについても聞かせてください。

Mai Anh: Minhさんとだいたい同じです。私も学士の前はVNAMのプレ・カレッジに通いました。ベトナムでは長期的な教育制度があって、VNAMでは、いわゆる大学の学部または学士と呼ばれる期間の前に、プレ・カレッジ制度があります。11歳から入学が可能で、4年から7年かけて学士に進みます。私が音楽をはじめたのは7歳ですが、その後プレ・カレッジに進み、学士と修士もベトナムで取得しました。学生の頃は幸運にもオーケストラに参加するなど、たくさん良い機会に恵まれていました。例えば、アジアの若い音楽家を対象としたオーケストラのためのサマーキャンプや、室内楽とオーケストラの活動に熱心に参加していました。またハノイでは音楽祭がたくさん開催されていましたが、その運営などを手伝ったりした経験があります。学生の頃は、音楽祭やオーケストラ、室内楽のプログラムなどにバイオリニストとして参加するだけでなく、それらの運営に携わっていました。そのあと、オーストリアに行く奨学金を得て、3年間留学しました。そして帰国後、VNAMで働くことにしました。若い学生たちと過ごすことはとても刺激を受ける経験です。そしていまでも引き続き、ハノイの様々なオーケストラとの活動や演奏家としての活動も続けています。大学の教員だと演奏家としての活動も続けることができるので、この仕事を選びました。

Minh :  Mai Anhが言っている音楽祭は「Vietnam Connection Music Festival」という Bui cong duy さんと Chuong Vuさんが中心になって進めている音楽祭で、アメリカをはじめ世界中から有名なバイオリニストが参加します。会期が1、2週間にも及ぶとても大きな音楽祭です。彼女はそのなかでとても重要な役割をつとめ、演奏もマネジメントもこなしています。

Mai Anh: 一年のうちでとても忙しい二週間ですね。

Phan Mai Anhさん

現在、お二人は大学で教育に取り組まれていると思いますが、クラシック音楽の教育制度について必要なことや、今後求められていることをどのように考えていますか。

Mai Anh: 状況の良し悪しではなく、今はわたしが子供の頃と比べると、クラシック音楽に関心を持つことができる子供がたくさんいると思います。インターネットも普及したし、なにより子供よりも親が、クラシックのファンだったりします。また以前は、クラシック音楽に触れるためには、「音楽一家」に生まれる必要があって、そして学ぶためには親のサポートが必要だからです。その当時に比べると、クラシック音楽を学ぶ機会は増えていて、まずは始めることへのアドバンテージは低くなったように感じます。ただ同時に、親たちが、クラシック音楽を学ぶ子供の将来についてどう考えているかということに注意を向けなくてはいけません。親は子供に対し音楽に触れ合う機会を設けようとします。そしてとても才能がある子供でも、その音楽を使ったキャリアや進路についてはあまり考えていない親も少なくはありません。それはその子が持つ才能を奪いかねないことです。私は、子供とその両親が音楽のキャリアについてもっと深く考えていくべきだと思っています。20歳になったら、大人になったらどうするのか。ベトナムにあるオーケストラの数は限られていて、音楽家の数にも限度があります。観客も足りていません。

Minh: 僕もMai Anhの意見には賛成します。私たちが幼かった頃に比べると、機会が増えたという点では、状況は良くなっていると思っています。例えば、私たちがVNAMのオーディションを受けた時、バイオリンを専攻したいと希望する人がとても少なく、人気のピアノでも、人数が少なかった。しかし、今となっては、ハノイだけでなく他の地域でもオーディションを開催するほどに、入学希望者は増えています。8年前の経済危機の時には、一時的に希望者が減りましたが、それから数年後、現在の状況は良好です。先ほどMai Anhが指摘したように、いまは音楽を学びたい子供が増えていることもあって、その子供や親が音楽のキャリアについての考えを深めること、そして教育にとっても必要だと考えています。大学とは単純に音楽を習い技術を磨く場ではなく、プロフェッショナルな音楽のキャリアを磨くための場所です。もちろんまだまだ課題や困難は山積みです。クラシック音楽は成長しているとはいいつつも、ポップスや他の音楽業界と比べるとまだまだ小さいです。限られたオーケストラで、さらには観客が少ない現状は、いまでも課題です。

Mai Anh: ベトナムでは体制や制度としてクラシック音楽を発展させようとする努力が足りないとも思っています。交響楽団の収入は、決して多くはありません。なぜならその給与はオーケストラ自体の収入と関係なく、政府からの給与になるからです。国がどれほど経済的な発展を遂げても、音楽家が手にする所得はあまり増加していません。政府による支援や大きな体制の発展も必要とされていることだと思います。繰り返しになりますが、以前よりは明らかによくなっていますが、まだまだ「足りない」です。

二人は演奏家として、そして大学で働く上でも「若い世代」だと思うのですが、その世代として困難に感じていること、または課題など「がんばるべきこと」だと思っている課題はなんでしょうか。

Mai Anh:教えることの難しさがあります。私たちには、教育の経験が十分にありません。とくに、年齢層の高い学生を指導する時にはそう考えたりします。例えば、新しいピースを教えることになったとして、彼らには、良い例を見せてあげなくてはいけない。でも、そのピースを私は演奏したことがないのです。そのため、教えることがきっかけとなり、新しいピースを練習します。自分の演奏のためだけではなく、教えるために技術を磨かなくてはいけないという状況がとても多い。これはとても大変なことなのですが、同時に楽しいことでもあります。

Minh : 難しさというより、挑戦することに意義があると思います。Mai Anhさんのいうように、若い私たちは、新しいピースを学ぶ必要があります。誰にとっても新しいことを学ぶ時間はないのですが、ただ教える立場に立ったとき、教えられるようにならなくてはいけませんから。

具体的にお二人はなにを教えているのでしょう。

Mai Anh: わたしとMinhは同じ立場にいますが、それぞれ学生を持っています。私はバイオリンを専攻する10名の学生の指導をしていて、室内楽の指導も行っています。プレ・カレッジと学部では、室内楽は単位取得が必須の科目です。

学生の年齢層はどのくらいなのでしょう。

Mai Anh: 最年長は17歳です。室内楽を含めると、学部の学生もいるので、最も年齢が高い学生と私との歳の差は5つ程度です。そのような学生たちとは友達のように振る舞うことはできません。なぜなら彼らは教員には礼儀を示さなくてはならない。そして、彼らは私のキャリアや姿勢を見ています。とはいえ、年齢が近いということは、なじみやすいことでもあり、歳の近い学生に教える経験は、とても楽しいものです。彼らの悩みや状況を理解しやすいので。

Minh : わたしたちの大学のシステムでは、修士を持っていれば学士を教えられるし、博士を持っていれば修士を教えることができるんです。そのため大学が私たちに学部で教えることを求めれば、それはすぐさま可能になるのです。

VNAMでは大学入学前のプレ・カレッジなど積極的な初等教育制度が導入されている。子供たちはレッスンだけでなく、アンサンブルやコンサートプログラムに参加する。

アジアにおけるクラシック音楽という点について、現在はどのような状況にあって、そして自分が今後どのような役割を担うべきだと思うのか、あなたの思うことについて聞かせてください。

Minh : まず、アジアはとても広いと思うことです。東南アジアだけでもとても広い。各国の政府による音楽への支援制度や方針にも大きな違いがあります。東アジアの中国、台湾、韓国、そして日本。バイオリンに関していえば、どこの国際的なコンペティションでも、この東アジアの国々の名前を目にします。

Mai Anh: シンガポールもそうですね。

Minh : その通り。彼らは演奏技術が優れています。そしてタイも音楽にはとても力をいれている。

Mai Anh: クラシック音楽というより、ジャズやマーチングバンドの分野がすごいですよね。タイでは東南アジアの若い音楽家のための育成プログラムがあります。私も以前、参加しました。

Minh : 先ほどのコンペティションの例もありますが、それぞれの国々の支援体制や技術的な格差はとても大きく、ひとくちにアジアといってもさまざまな違いがあります。ちょっと説明が難しいのですが、何をもって、発展と捉えているのかが、全く違うように思うのです。たとえば、僕が中国のクラシックのシステムをみるととても驚きます。彼らは才能がある演奏家というより、奇才という印象を受けるのです。たとえば、とても幼い子がまるでスターのように、大きなコンチェルトで演奏します。中国にはそういうことを可能にする教育のシステムがあるのでしょう。フルタイムやパートタイムなどそれぞれの要件は違いますが、とても有名な演奏家や教員を集めることもできる。そのため、本当に若いバイオリニストがたくさん出てくるのです。ただわたしたちが、ベトナムで彼らと同じ教育方法を実践することはできません。何が言いたいかというと、アジアは一括りにできないような違いがあるということです。しかしながら、大陸レベルや欧米諸国を含めた目線でみると、アジアはイコールになるべきだとも思います。だからこそ、国際交流や共有を続けていくべきだと思っています。

Mai Anh: 私たちがいま最も必要としている分野は、芸術文化のマネジメントだと考えています。特に、クラシック音楽には、広報戦略が必要です。東南アジアでの他の国では、クラシック音楽のための優れた広報、あるいはPRのためのキャンペーンがあります。ベトナムでは、ベトナム国立交響楽団というプロのオーケストラ団体があり、彼らはスポンサーの会社をつけるなど、とても先駆的なPRキャンペーンを行なっています。しかし、まだまだ他の団体やクラシック音楽全体としては、充実しているとは思えません。

Minh : ベトナムでは、街中で、クラシック音楽コンサートのポスターを見かけることはありません。質問の答えに戻りますが、大陸レベルではアジアはイコールです。そのため、アジアにおける夢だったり、未来の構想としては、僕はもっとアジア圏を横断するようなさまざまな他の国のプロジェクトが知りたいです。それらの経験や文脈、具体的な方法を共有できる機会をもっと作っていきたいと考えています。

Mai Anh: それはとてもよい指摘だと思います。さらに、若い音楽家をインスパイアしていくことがとても大切だと思います。例えば、わたしやMinhにはタイで開催されたミュージックキャンプに参加するというチャンスがありました。それはその後のわたしたちの将来にとても影響をもたらした経験でした。若い音楽家に出会い、そして東南アジアではその機会にたくさんの友達を作ることができました。若い学生はインスパイアされることを必要としています。刺激を受けることが、学ぶことへのモチベーションをあげることに繋がるのです。大学の国際交流もそういう点で重要だと考えています。ただ、その機会はまだとても少ないです。もっと学んだり、教えたり、演奏したりするたくさんのチャンスがあるべきです。

2020年春には、Mai AnhさんとMinhさんは室内楽専攻の取り組みや音楽学部の授業を視察するために東京芸術大学に滞在。国際芸術創造研究科修士論文構想会に参加し、芸大の学生たちと、音楽マネジメントに関する研究について意見交換を行った

最後にCOVID-19の影響について伺いたいです。あなた自身の生活と大学や教育機関、さらに音楽シーンにどのような影響があったのか、教えてください

Minh : その質問の答えは、ちょっと期待外れになるかもしれません。なぜならベトナムは、ウィルス対策に、比較的成功したからです。

それはむしろ、とても良いニュースですね。

Minh : 期待外れというより、世界と比較すると、ドラマティックな答えやストーリーを教えてあげられないかもしれないという意味です。具体的な状況としては、はじめの頃に、1ヶ月程度は大学が閉まり、学生も学校にはいませんでした。たまに、オンラインでの指導を行う程度です。ただコロナの影響は音楽家に限ったものではありませんでした。収入の減少や外出禁止による精神的なダメージなど、すべての人に少なからず影響を及ぼしたのですから。とはいえ、それも今となっては、世界中全ての人に同じ状況ですね。ステイホームも同じです。一般的に教育機関も影響を受けたと思います。普通の学校は、そのほとんどが、学校自体を遅らせる対応をしました。それも、どこの世界の教育機関も同じですよね。

つまり6月の現段階では、ある程度、状況は元どおり、ということですか?

Minh : そうですね。ただ1、2ヶ月程度、遅れただけです。大学は1ヶ月と少しの期間、閉じていただけでした。5月には、元の日常が戻ってきていたと思います。

Mai Anh: はい、その頃にはもう、新しい感染者は出てこない状況でした。たまに国外からの帰国者に感染者が確認されましたが、きちんと隔離の対策をとることで、さらなる感染者を防ぐことに成功していると思います。感染が確認された人は二週間の隔離や、そのための検査など、厳格な対策がとられていました。

Minh : ベトナムでの感染症対策は、集団で連鎖的な感染を防ぐためにとても厳格でした。隔離の期間も、1ヶ月程度の場合もあります。また政府が配布したアプリケーションを使うと、ウィルスに影響を受け、感染源となりえる場所を把握できるのです。感染者または感染者の経路を把握するためのものです。そのため、外出する際には、それらを参考にして出歩けばよかった。デジタルテクノロジーを駆使した対策は充実していたと思います。モニタリングもありました。登録は義務ではなく、あくまでも推奨でしたが、個人情報を登録し、毎日その日の健康状態を報告することで、管理側はその結果を反映しながら、アプリケーションを用いたコロナの感染状況を国内で管理していたのだと思います。このモニタリングへの登録や活用はとても良い効果があったような気がしています。

Mai Anh: そうですね。あとウィルスに関するあらゆる情報を人々が知ることができました。先ほどの感染の状況に加えて、手洗いや殺菌をする方法など個人レベルの対策の方法まで、多くのひとたちが比較的早い段階で知ることができたと思っています。

Minh : この最後の質問にドラマティックな回答ができないのですが、これはとても良いニュースだとも思っています。というのも、6/24には、ベトナム国立交響楽団、ベトナムオペラオーケストラ、ベトナム国家音楽院の3つのオーケストラが集う、とても大きなコンサートを、オペラハウスで開催することになりました。その名も「WE RETURN」というコンサートです。ベトナムは、世界中で最も早い段階で、コロナ後に演奏の再開を可能にした国になったのかもしれません。

Mai Anh:そうですね。実際の観客を前にしてね。Minhはそのコンサートでソロのパートがあるんですよ。いわゆる「No Social Distance」のコンサートです。

それはすごいですね。おめでとうございます。